パク・ミソンとソヌ・ヨンヨ、30年の友情を語る感動の再会

シットコム『スンプン産婦人科』以来、30年以上にわたり「母娘のような関係」を続けてきたパク・ミソンとソヌ・ヨンヨが、お互いへの思いを語った。

18日、ユーチューブチャンネル『スンプン ソヌ・ヨンヨ』には、『ついに再会したパク・ミソンとソヌ・ヨンヨの涙の正月料理(エビ餃子スープ、イワシとジャガイモの煮物)』というタイトルの動画が公開された。

パク・ミソンとソヌ・ヨンヨ、30年の友情を語る感動の再会

パク・ミソンはソヌ・ヨンヨの家を訪れた。乳がん闘病で髪を剃った後、少し伸びたパク・ミソンは「髪が細く生えてきた。髪が一度全部抜けて新しく生えてきたが、赤ちゃんの産毛のようになった。もともと直毛だったが、今はくせ毛になった」と語った。ソヌ・ヨンヨは「髪がきれいだ。ファッションだ」と温かく迎えた。パク・ミソンは「完全に根元まで抜けないといけない」と伝えた。

パク・ミソンは「私が母を母と呼んでからの年月がもう」と感慨深げに語った。ソヌ・ヨンヨは「30年以上だ」と答えた。『スンプン産婦人科』の時、パク・ミソンは32歳、ソヌ・ヨンヨは54歳だったという。パク・ミソンは「母が『スンプン』をやっていた時が今の私の年齢だ」と語った。当時、パク・ミソンの夫イ・ボンウォンが2年間日本に留学していた時期で、二人は週に一度行き来しながら親しく過ごしていたという。

二人は食事をしながら談笑した。ソヌ・ヨンヨは「年齢はただの数字に過ぎない」とし、「若い人たちがどんどん倒れていく」と語った。パク・ミソンは「私に聞かせるための話ですか」と笑った。ソヌ・ヨンヨは「あなたに言ったわけではなく、最近は本当に大変だ。遅く来るより早く痛みが来る方がいい。私も脳梗塞が60歳ではなく50歳の時に来ていたらもっと気づいていただろう」と自身の経験を語った。

パク・ミソンは「痛くないのが一番だが、痛んだ後に自分の人生がどう変わるかを前向きに考えること、それを悟ることが重要だと思う」と強調した。

ソヌ・ヨンヨは「ある人は悟り、ある人は悟らない。嘆いてはいけない」と語った。パク・ミソンは「母がそばでずっと話してくれる。母が道標だ。私はあの道を進みたい。母が光になってくれた。力になる」とし、「生きていく中で家族以外の誰がこんなに私を心配してくれるだろうかと思った」と感謝の気持ちを伝えた。

キム・ジウォン テンアジア記者 bella@tenasia.co.kr